10年前の夏、実家を失いました。詳しくは近著「生きるとか死ぬとか父親とか」に記しましたが、存在し続けて当然と思っていた一軒家から、荷物と住人がまるごと撤収するのは、物理的にも心理的にもかなりの負荷がかかりました。今もあの夏のことを思い出すと、胸がズキズキと痛みます。

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 小町にも「 実家の解体が 辛(つら) いです 」というトピがありました。トピ主さんは築45年の実家を建て直すにあたり、解体前の家を片付けることに。遺品や思い出の品々を捨てていくうち、亡くなった家族に申し訳なくなってしまったそうです。我が家と事情は異なりますが、お気持ちは十二分に理解できます。

 実家の整理は葬式と同じです。こんなにたくさんの荷物がどこに収まっていたのかと不思議になるも、新居にすべては持っていけません。必要か否かで言えば不要なものばかりですが、だからと言ってごみではない。それでも、捨てなければならないのです。

 ごみ収集日の朝、満杯になった70リットルのごみ袋を、いくつもいくつも出す日が続くと、自尊心が底をつきました。後悔に押し潰されそうになったのです。

 我が家は整理にひと夏の時間をかけましたが、本来ならば1年ほど腰を据えて、じっくりと断捨離をするべきでした。「捨ててはいけないものも捨ててしまったのではないか」と、不安はしばらく続きました。

 レスの中には、ハッとさせられるものがありました。同じように実家を解体した経験を持つ方からでしたが、実家には良い思い出がなかったため、解放感が勝ったと。

 寂しい気持ちになれるのは幸せだった証拠だと感じました。その言葉に、得(え)も言われぬ感情がわき上がりました。そうか、私は幸せだったのか。

ジェーン・スー 作詞家、コラムニスト。1973年、東京都生まれの日本人。「未婚のプロ」を名乗り、「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」(幻冬舎)などの著書が話題に。