インターネットの掲示板が根強い人気を保つのは、そこに匿名性が担保されているからでしょう。

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 なにかとヤリ玉に挙げられがちですが、匿名それ自体に善悪はなく、それを利用する人間の心根次第で、単なる「言葉」が、見知らぬ人の肩にそっと掛けるマントにも、胸元を切りつける刃物にもなります。

 「誰にも言えないこと、吐き出して下さい」というトピを見つけました。トピ主さんは信用していた相手に酷(ひど)く裏切られた様子。ショック、悲しみ、怒り、そして納得。詳細は書かれておらず、トピ主さんの気持ちの変化だけが正直に綴(つづ)られていました。トピは「皆さんも吐き出したいことがあれば、どうぞ」という一文で終わっていました。

 誰にも言えないことを吐き出す。つまり、誰にも言えないけれど、誰かに、どこかに、胸の内に溜(た)まった言葉を出さなければどうにかなりそうなほどに心が揺さぶられている状態です。「誰にも言えない」は「誰かに聞いてほしい」とほぼ同義だと私は思います。

 レスはさまざまでした。やめられるものなら母親をやめたいというお母さんの胸の内、仕事をサボる同僚への批判、認知症を患う3人の身内への本音、仕事場の閉鎖を伝えてもらえないまま働かされているパートの怒り、などなどなど。

 本名を露(あら)わにして声に出した途端、亀裂や摩擦を生む問題発言ばかり。日常ではグッと堪(こら)えてのみ込むしかないのですね。

 けれど、それだけでは心に澱(おり)が溜まるばかり。たまには後先考えず言葉を天に放り投げたくもなります。

 そんな時、「匿名」は人に優しい仕組みになる。知らない者同士が、互いの気配だけ感じ、そっと寄り添い合うムードに、思わず胸を打たれました。

ジェーン・スー 作詞家、コラムニスト。1973年、東京都生まれの日本人。「未婚のプロ」を名乗り、「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」(幻冬舎)などの著書が話題に。